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2012年06月13日22:41
信州歴史旅2~松代大本営~≫
カテゴリー │国内旅行
信州歴史旅つづきです。
今回、松代行きを決めた大きな目的が
こちらの見学でした。
松代大本営
正式には、
松代大本営予定地跡(象山地下壕)
ここは、第2次世界大戦も末期の頃
敗戦の色が濃くなってきたところに
日本政府の中枢機関と天皇陛下を
安全な場所に移そうという計画のもとで
掘られた地下壕です。
もちろん極秘に進められたものです。
昭和19年11月からわずか9ヶ月で
碁盤の目のように複数の坑道が掘られ
総延長は約6キロ。
そのうち500mほどが現在公開されています。
駐車場から徒歩10分弱の道沿いは
武家屋敷風の街並みが整備され
その先ものどかな雰囲気だったのですが・・・

地下壕に到着すると、受付でどこから来ているかを尋ねられます。
(入場無料で、パンフレットもいただけます)

入口にある地下壕内の鳥瞰図
そして、ヘルメット着用でいざ出発。


一見、石見銀山のような雰囲気です
ボランティアガイドさんもいらっしゃいますが
説明全体に1時間ほどかかるとのことで
(時間に余裕がないため)
残念ながらご案内を辞退してしまいました(T_T)

入口は少し低く、ちょっぴり緊張
伏見稲荷の千本鳥居のような!?赤いものは
内部を補強するための鉄骨です。

一見、鉱山や鍾乳洞かに見えますが
人が住み、ここで日本を動かそうとした地下壕です。

かつては、部屋も一部できていたそうですが、
終戦時には未完成で使われることはありませんでした。、
削岩の道具が突き刺さったままの場所もあります。

かなり奥まで進んだかと思いましたが
まだ半分足らずのところのようでした。

しかし、見学者も比較的少なく
この先まで進むのは怖いので戻ることにしました。
そして、隣接する施設に向います。
もうひとつの歴史館・松代

こちらは有料(200円)ですが
係の方がていねいに解説してくださいます。
工事に使われた道具の展示の他
この地下壕が掘られた背景を知ることができます。
そこには多くの朝鮮人労働者の力と犠牲がありました。
さらに、工事にともない設けられた「慰安所」を
伝える施設としての役割も果たしています。
地下壕を見ただけではわからない
悲しい歴史をここで知ることができます。
また、この近くにはもう2つ地下壕があり
そのうちの1つ舞鶴山地下壕
(現在・気象庁精密地震観測室)には
天皇御座所といわれる部屋も残っていて
見学ができるそうです。
しかし、このような施設を造ることを考えるくらい
切羽詰っていたなら
なぜ、その時点で終戦にできなかったのでしょう。
広島、長崎の原爆も沖縄の悲劇もなかったでしょう。
改めて戦争の愚かさを考えることとなりました。
そして、時代は変われど
お国のエライ人たちの考えは国民そっちのけ。
「自分たちさえよければ」なんだなぁ~と
つくづく感じてしまうのでした(苦笑)
すべてを見てまわることはできませんでしたが
戦国時代から昭和にいたるまで
深い歴史を持つ松代、またじっくり訪ねてみたい町です。
松代大本営のサイト
http://www.matsushiro.org/index.html
信州松代観光情報
http://www.matsushiro-year.jp/
松代を後に、再び戦国へカムバック。
もうひとつの「真田」の舞台へ。
続きます。
信州歴史旅3~上田城~
http://momoyorozu.hamazo.tv/e3664454.html
【ももよろず日記関連記事】
信州歴史旅1~松代城~
http://momoyorozu.hamazo.tv/e3662076.html
今回、松代行きを決めた大きな目的が
こちらの見学でした。
松代大本営
正式には、
松代大本営予定地跡(象山地下壕)
ここは、第2次世界大戦も末期の頃
敗戦の色が濃くなってきたところに
日本政府の中枢機関と天皇陛下を
安全な場所に移そうという計画のもとで
掘られた地下壕です。
もちろん極秘に進められたものです。
昭和19年11月からわずか9ヶ月で
碁盤の目のように複数の坑道が掘られ
総延長は約6キロ。
そのうち500mほどが現在公開されています。
駐車場から徒歩10分弱の道沿いは
武家屋敷風の街並みが整備され
その先ものどかな雰囲気だったのですが・・・

地下壕に到着すると、受付でどこから来ているかを尋ねられます。
(入場無料で、パンフレットもいただけます)

入口にある地下壕内の鳥瞰図
そして、ヘルメット着用でいざ出発。


一見、石見銀山のような雰囲気です
ボランティアガイドさんもいらっしゃいますが
説明全体に1時間ほどかかるとのことで
(時間に余裕がないため)
残念ながらご案内を辞退してしまいました(T_T)

入口は少し低く、ちょっぴり緊張
伏見稲荷の千本鳥居のような!?赤いものは
内部を補強するための鉄骨です。

一見、鉱山や鍾乳洞かに見えますが
人が住み、ここで日本を動かそうとした地下壕です。

かつては、部屋も一部できていたそうですが、
終戦時には未完成で使われることはありませんでした。、
削岩の道具が突き刺さったままの場所もあります。

かなり奥まで進んだかと思いましたが
まだ半分足らずのところのようでした。

しかし、見学者も比較的少なく
この先まで進むのは怖いので戻ることにしました。
そして、隣接する施設に向います。
もうひとつの歴史館・松代

こちらは有料(200円)ですが
係の方がていねいに解説してくださいます。
工事に使われた道具の展示の他
この地下壕が掘られた背景を知ることができます。
そこには多くの朝鮮人労働者の力と犠牲がありました。
さらに、工事にともない設けられた「慰安所」を
伝える施設としての役割も果たしています。
地下壕を見ただけではわからない
悲しい歴史をここで知ることができます。
また、この近くにはもう2つ地下壕があり
そのうちの1つ舞鶴山地下壕
(現在・気象庁精密地震観測室)には
天皇御座所といわれる部屋も残っていて
見学ができるそうです。
しかし、このような施設を造ることを考えるくらい
切羽詰っていたなら
なぜ、その時点で終戦にできなかったのでしょう。
広島、長崎の原爆も沖縄の悲劇もなかったでしょう。
改めて戦争の愚かさを考えることとなりました。
そして、時代は変われど
お国のエライ人たちの考えは国民そっちのけ。
「自分たちさえよければ」なんだなぁ~と
つくづく感じてしまうのでした(苦笑)
すべてを見てまわることはできませんでしたが
戦国時代から昭和にいたるまで
深い歴史を持つ松代、またじっくり訪ねてみたい町です。

http://www.matsushiro.org/index.html

http://www.matsushiro-year.jp/
松代を後に、再び戦国へカムバック。
もうひとつの「真田」の舞台へ。
続きます。

http://momoyorozu.hamazo.tv/e3664454.html
【ももよろず日記関連記事】

http://momoyorozu.hamazo.tv/e3662076.html