2010年02月19日

ウィスラーリゾートのスキー

バンクーバーもいよいよ後半戦の盛り上がりです。
その中で、スキー競技が行われているのがウィスラー

昔話(15年前)になってしまいますが、若かりし日のウィスラースキー体験記などを。

そこは、バンクーバーから車で2時間ほどの北米最大級といわれるスキーリゾート。
おしゃれなホテルやギフトショップが立ち並ぶ小さなビレッジ(村)を拠点に
ウィスラーブラッコムという2つの大きなスキー場があります。
(オリンピックにあたり、さらに少し離れた場所に、オリンピック・パークも建設されたそうです)

海外スキーなどというものに初めてチャレンジしたのがウィスラーでした。
当時20代の私は、スキーにどっぷりはまっていたとはいえ恐いもの知らずでしたパンチ

ふつうのOLだった当時、年末・年始休暇が明けてすぐなのに強引?な有休取得。
宿泊は、ウィスラーで最も高級リゾートといわれるシャトー・ウィスラー

まったく今思えば、バブリーなお話です花火
でも、閑散期&超円高だったため、格安で行けたんですヨ。

ジャジャーン星
若かりし日スキーに狂っていた私の写真でございます。
すっかりお蔵入りしていたアルバムから復活です。
後ろにそびえるのが、シャトー・ウィスラーです。


こちらはリフト券。荷札みたいなチケットですが、案外これが丈夫です。

3日間スキーをしたのですが、1日(半日だったかな?)は
カナダ人のスキーインストラクターがゲレンデガイドをしてくれました。

それは、それは、広いゲレンデです。
その広さはハンパではなく、(蔵王スキー場の10倍とか)3日間ではとても滑りきれません。
標高は2200メートルくらい。御岳(長野県)のスキー場とほぼ同じ標高です。
雪質はパウダーを期待していたのですが、日本と同等でした。

当時の日本の超混雑と比較すると、夢のようにゆったりと滑れました。





英語はしゃべれなくても大丈夫。とりあえず「危険注意」などの看板が読めれば?
コースも色分けされているので、ムチャをしなければ大丈夫です。

気温はさほど低くなく、暖冬晴れ女太陽の私・・・雨に降られてしまいましたガーン


カナダスキーで思ったのは、日本人はウェアも滑るフォームも気にしているようですが、
カナダ人やアメリカ人は(すごくうまい人もいますが)見た目よりも楽しければいいという精神。
私は元々大したことのないレベルでしたが、、随分この時にスキーに対する価値観が変わりました。

さらに日本では、時間がもったいないとばかりにガンガン滑っていたのですが、
リゾートスキーというのを堪能できたような気がします。

ホテルでは、真冬の屋外プール(≒温泉?)にも入りました。

もうスキーは、10年近くやっていませんが、
いつか機会があれば(早くしないと足腰がっっ)
のんびりとリゾートスキーをもう一度楽しんでみたいですね~  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 10:44コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年02月01日

韓国旅行記 板門店 その2

2004年8月の旅行記・板門店ツアーのレポートの続きです。

 韓国旅行記 板門店 その1 はこちら

板門店の共同警備区域にある会議場に入りました。
ここは、朝鮮戦争の休戦の調印や、その後何度も軍事会談が開かれた場所。

時間もかなり制限されているのですが、10分ほど滞在できたのはラッキーでした。



(内部は撮影許可が出ていましたが、会議室全景がうまく撮れませんでした)
建物の中にいるのは、国連軍の兵士です。
握りこぶしを作り、表情ひとつ変えません。
サングラスは、相手方に視線を悟られないためだとか。

ちょうどこの位置が境界線になります。左側が北朝鮮側。
この建物の中だけが唯一私たちの踏み入れることのできる北朝鮮です。



そして、建物の外には、北朝鮮の兵士がいます。
写真撮影してもいいかガイドさんに聞いてから撮影しました(けっこう恐かった~)



左は「帰らざる橋」、右は「ポプラ事件の碑」です。

どちらも南北分断の悲しい歴史を語るものです。
気になる方は、インターネットで検索してみてください。



会議場を後に、すぐ近くの「自由の家」へ。南北間の連絡業務を担っています。
徒歩でも1~2分の距離ですが、厳しい区域なのでバスに乗らなければいけません。



北朝鮮側の「宣伝村」が見えました。
集落のように見えるのですが、マンションのような建物には
人が住んでいる気配はないそうです。
韓国側に対抗して作ったという国旗掲揚台が高々とそびえていました。


こうして共同警備区域の緊張の見学が終わりました。

帰途には、「自由の橋」のある臨津閣(イムジンンガク)公園に立ち寄りました。
ここが、一般の人たちが自由に出入できる境界となっています。
(韓国人は、基本的には板門店への見学は認められていません)



何が書いてあるのか読めませんが、平和な日々を取り戻したいとの
メッセージでしょうか。
金網の向こうには鉄道が通っていて、右手すぐのところに川が流れ
鉄橋(自由の橋)が架かっています。
(写真撮影は禁止されていました)


その川こそ、臨津江(イムジンガン)。
フォーククルセダーズが同名の曲(原曲は北朝鮮の楽曲)に歌詞をつけて
発売しようとしたところ、当時は政治的配慮で発売中止になったという話は有名です。


こうして約6時間のツアーは終了しました。

海外旅行には何度か行っていますが、こんなに「重く」歴史と現実を体験するツアーは
はじめてでした。(このような場所は、世界各地にもまだありますが・・・)

隣の国ではこんな現実が未だに残っていることを知ることは衝撃的でした。
近代的に発展したソウルからわずか60~70キロの地域です。

隣国だからこそ、そしてこの2つの国の歴史に関わっている日本人だからこそ
この目で見ておきたい現実です。


韓国旅行記は今日でおしまいです。

よろしければ、こちらもどうぞ。 今年1月3日からのソウル旅行記です。
 その1 セントレアからソウルへ
 その2 東大門市場へ
 その3 雪の景福宮へ
 その4 韓国伝統文化体験
 その5 食べ物ダイジェスト



  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 22:32コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月31日

韓国旅行記 板門店 その1

韓国特集月間?最終章。
これは、2004年8月の旅行記・板門店ツアーのレポートです。

板門店(パンムンジョン)は、韓国と北朝鮮の軍事境界線(38度線)上にある
共同警備区域(JSA)のある場所の地名です。

イ・ビョンホンが出演した映画JSAで一躍有名になりました。

緊張感の走るその地へは、
個人単独では行けませんので、見学ツアーに参加します。
(数社がツアーを催行していて、インターネットでも日本語のページで申し込みができます)

さらに、このツアーは服装や写真撮影、行動に対しても守らなければならないことが
多いのです。
例えば、北朝鮮側の兵士に対して指をさしてはいけないとか、
破れたジーンズ、袖なしの服、短パンは禁止(貧しい国の人だと見られるから)など・・・

それでも、人気のツアーということで、バス2台でソウル市内を出発しました。

ソウルから、1時間半くらいで国境付近へ。
道路沿いを流れる川の対岸は北朝鮮。
等間隔に監視小屋が設置され、分断されている現実を目の当たりにします。
(バスの中からの写真撮影は禁止でした)

検問所では、警備の人がバスに乗り込みパスポートをチェック。
これだけでかなり緊張。

この先で、キャンプ・ボニファスという国連の施設内に入ります。



国連軍のバスに乗り換え、ビジターセンターでスライドなどを見ながら説明を受けます。

ここでは、「万が一共同警備区域で事故が起こっても、国連軍及び韓国軍は
一切責任を負いません」
といった宣誓書に署名しなければなりません。

話には聞いていましたが、これもまた緊張の一瞬です。
(何事もなければこれも持ち帰りできます・・・しかしどこかに紛れ込んでしまいましたガーン

そして、最も緊張の走るエリアへ。



水色の小屋が立ち並び、(映画「JSA」では、そっくりのセットでした)
国連軍の兵士が警備をしています。



向こう側に見える鉄筋の建物は北朝鮮の施設・板門閣。
あちらにも見学の団体がいました。

いよいよ会議場である水色の建物の中へ入ります。


 その2へつづく

  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 22:48コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月24日

韓国で見つけたコスメ

連日の韓国ネタ続きます。

 その1 セントレアからソウルへ
 その2 東大門市場へ
 その3 雪の景福宮へ
 その4 韓国伝統文化体験
 その5 韓国フード

今回の韓国では、コスメショップによく立ち寄りました。
こんなに安価で質の良いコスメがあるなんて知らず、ほとんど下調べなしの行き当たりバッタリ。

たまたま歩いていて、お店の雰囲気がよく入りやすかった2店舗に立ち寄りました肉球
買ったものの中からいくつかご紹介です。

SKIN FOOD (東大門市場のファッションビルの裏手の通り)



食べて体にいいものをお肌に・・・というコンセプトのコスメ。
店内には、フルーツや野菜、米、砂糖などを原料にしたスキンケア商品がいっぱい。
香りがいいので、いろいろお試ししてしまいました。

店員さんも日本語が上手で、あまり強引ではない親切な説明についついつられます。

ピーリングジェルにはパイナップル成分が入っています。
さわやかな香りでアロマ効果があります。

右は、ハンドクリームですが、砂糖抽出液が入っていてリンクルケア(しわ対策)できるという夜専用クリーム。

ちょっと香りが強いのとベタつく感じはしますが、私的には手ごたえあり!オススメです。
顔にも塗ったら効果あるかな~(笑)





明洞で立ち寄った innisfree(イニスフリー)は、ハーブを主成分にした自然派コスメ。
こちらも香りのよいコスメが多いので、商品を見たりお試しするだけでも楽しいお店です。



韓国コスメといえば・・・のBBクリームをこちらで買いました。

免税店で高級なものも見かけましたが、肌に合わなかったらと思い
お試しのつもりで、リーズナブルなこちらの商品にしてみました。

韓国人は皆さん白くてきれいな肌なので、色がちょっと心配でしたが大丈夫でした。
肌トラブルがない方なら、韓国のコスメは日本人にもあうと思います。

 
そして、韓国コスメショップの最大の魅力はこれ。オマケです。


たくさん買った友達は、もっとたっぷりオマケがもらえました~プレゼント

しかし、ハングルと英語しか書いてないので(”さけ”というのもありますが)
いちいち訳しながら、何ものか判断していかなければならないのが難点ですね汗

韓国コスメに関する情報は
コスメdeコリア こちら
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 13:24コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月19日

韓国旅行記 その5

韓国旅行記つづきです。
ラストは、食べ物ダイジェスト・・・グルメではなく、庶民的路線ですベー

 その1 セントレアからソウルへ
 その2 東大門市場へ
 その3 雪の景福宮へ
 その4 韓国伝統文化体験

2日目(大雪の1月4日)の夜は、またしても徒歩あしあと黒
大通りに面した駅ならタクシーが拾えると思って降りたのに
雪のせいで、ほとんど人を乗せているか、止まってくれても韓国語が通じないと
とたんに乗車拒否ムカッ

どうしてもタクシーに乗りたい方は、明洞や東大門などの繁華街から乗りましょう。
救われたのは、雪がやみ、気温も比較的高め(0度前後だと思いますが)だったこと・・・

ここからは、お食事ダイジェストにまいりましょう。

2日目夕食は、宿泊したホリデイイン城北ソウルの隣の焼肉店
(ホテル周辺のクチコミを調べて行きました)

日本人だと言うと、日本語の少し話せる店員さんが対応してくれました。
焼き方も食べ方も丁寧に教えてくれました。



骨付きカルビ&豚ロース肉は味付きでおいしかったです。
念願かなって、ハサミでチョキチョキして食べましたはさみ



お店は広くてきれいでした。でもどこか昭和レトロな雰囲気が漂います。
締めはシンプルなご飯。一緒についてきたおみそ汁が、日本人の心を掴むいい味出してます。

二人で約3000円という超リーズナブルな夕食でした。


翌朝は、快晴太陽 が、寒さはハンパではありませんガーン




明洞での朝食は、クリスピークリームドーナツ

名前は知ってるけど、日本の地方都市では食べられないので行ってみました。
見渡せば日本人だらけ(笑)  
(日本人はファーストフードとお粥屋さんに集中してました)



シーズン限定のドーナツとコーヒーです。ちょっと「油で揚げた」感が強いかも。


ソウルから空港へ向かう時、小腹がすいたので、コンピニでキムパブ(韓国風のり巻)購入。
なんとこれ、2種類の具が楽しめました。
ハングルが読めないので「勝負」に出ましたが、なかなかでした。日本人の口にあいます。



しかし、レジで「温めますか?」とゼスチャーで聞かれた時はびっくり。
酢飯ではないのですが、韓国では温めるの?


仁川空港のマックでは
どうしても韓国にいる間に食べたかったプルコギバーガーにやっとありつきました。

そのお味は・・・



日本の「てりやきバーガー」との違いがあまりわからなかったのでした汗


帰りの飛行機は、大韓航空。
行きは全日空でしたが、航空会社の都合で別便になりました。(珍しいケースです)

飛行機の大きさが圧倒的に大きく、個別のモニターでゲームができたりして、
往復大韓航空でもよかったかな・・・(でも、マイルがたまらないのが欠点)



前日は雪のため欠航や遅延が相次いだそうですが、定刻どおり出発できました。

実は、今回の旅で「韓国いいじゃん」と随分評価が変わった私です。
国内旅行感覚でいけるのに、読めないハングルが氾らんしていて外国ムードたっぷり。
街もきれいで、治安も日本と変わりません。ウォン安の今オススメです。

ちょっと寒いけど雪

これで旅報告はおしまい・・・ですけど、不定期で番外編があるかも、です。
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 12:48コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月15日

韓国旅行記 その4

韓国旅行記つづきです。

 その1 セントレアからソウルへ
 その2 東大門市場へ
 その3 雪の景福宮へ

雪の中、景福宮から歩きますあしあと黒 10年近くスキーをやっていないので、雪道は久しぶり汗
学校や大使館が立ち並ぶその地域は、かつては両班(ヤンバン・貴族)たちが住んでいたそうで、
今でも伝統家屋が残っているところです。



朝から降り積もった雪は1日で26センチだったとか・・・
雪が固まらないうちに、と除雪をする住民たちが通りにたくさんいました。

目的地は、李家(イガ) 
ここでは、韓国伝統文化体験ができます。

到着して、通されたところは一般家庭の居間のようなところ。
伝統菓子とお茶(柚子茶、花梨茶などが選べます)で一服します。



ここのお店?の女性たちが何人かいるのですが、みなさん日本語が上手です。
この雪は、ソウルの方たちも「今までにこんなことはほとんどなかった」というくらい
すごいことだと知りました。気温が低いわりには、ソウルは雪が降らないのです。

そして、韓国の伝統衣装 チマ・チョゴリを着ての撮影タイム。

衣装は男女それぞれ、デザインもサイズも揃っていました。
年配の方が手際よく着せてくれました。日本の着物よりは簡単に着られますが、
それでも最近は、もっと手軽に着られる略式のものがあるのだそうです。


 ★トラのイラストは、私のプロフィールの似顔絵の作者Kさん作。
  今回の旅の道連れでもあります。いつもグッジョブ、ありがとうハート

この服を着たまま、礼儀作法を教えていただきました。

下はスカートのようなものなので、女性はひざを立てて座るのだそうです。
これ、ジーンズでやったらかなりお行儀が悪い姿ですが(笑)チマチョゴリならオッケー。
日本の武士が行うような立ち方、座り方もあり、なかなか難しかったです。


そして、服を着替え、今回の伝統文化体験でも一番楽しみなキムチ漬け炎に挑戦です。
指導してくれるのは、一番年配の女性です。



あらかじめ白菜は塩漬けにしてあったので、薬味作りからスタートです。
ニラ、大根を切ります。




家庭によって調味料は異なりますが、ここでは、ニンニクや生姜、唐辛子、砂糖、塩などに加え、
あみの塩辛、魚しょう、糊状にしたもち米、さらに梨をすっていれたのには驚き。
いったいどんな味になるんでしょう。

大きな容器で薬味をまぜたあと、いよいよ白菜にこの薬味を詰め込みます。
のんびりやっていると、さっきまで優しかった年配のおばさんが
「ほら、まだ白いところがあるよ」「もっとたくさんつめこんで・・・」とスパルタ状態にブー

かなり体育系なキムチ漬け体験となりました。
約1キロ超のキムチを密封してもらい、そのままお持ち帰りです。

余談ですが、キムチは「液体」扱いになるので、機内持ち込みができません。
洋服とともにスーツケースの中に詰め込み・・・帰国したら、洋服にキムチの香りが(>_<)



右の写真が1週間後のキムチです。
激辛でなく、とても食べやすいおいしさ。調味料のうまみがたっぷりと入っていました。



最後は、チヂミをごちそうしていただきました。
プレーンタイプとキムチ味、どちらもカリカリしていて香ばしく、とてもおいしかったです。

こうして、2時間ちょっとの韓国伝統文化体験が終了。
この日、最後のお客だった私たちは、最後は貸切状態で、写真もたくさん撮っていただきました。
ショッピング以外に何か楽しみたいという方(特に寒い冬)には超オススメです。

 李家の韓国伝統文化体験の詳細はこちら

このあとは、地下鉄で明洞まで出て、にぎわう夕方のロッテ百貨店地下でお買いもの。
キムチ漬けたばっかりなのに、またキムチを買う私・・・かなり重量級な荷物になりました。

この後は、夕食の焼肉へGOスタコラ つづく  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:53コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月12日

韓国旅行記 その3

韓国旅行記つづきです。(2010.1.4)

 その1 セントレアからソウルへ
 その2 東大門市場へ

2日目はのんびりした起床(単なる寝坊sos
ホテルが中心街から離れているのと、雪が降ったおかげで、あまりに静かな朝でした。

カーテンを開けたら別世界。
この時までは、これが記録的な雪とは気づかないのですが・・・



中心街への送迎バスに乗り遅れてしまったのですが、
近くの地下鉄駅までならと送っていただきましたが、道路は雪で大渋滞雪雪
10分ほどの駅に、30分近くかかって到着です。

幸い地下鉄は何事もなく運行していました。地下鉄の発達した都会でよかった~
ソウルの地下鉄は、とてもきれいで近代的です。
ただし切符の買い方が、ちょっと面倒です(これにも苦い思い出が・・・えーん

目的地は景福宮(キョンボックン)。
14世紀末に建てられた韓国最大の王宮です。
朝鮮王朝を建国した李成桂(イ・ソンギュ)によって建てられました。
ソウル観光の定番です。



地下鉄駅から出ると広大な敷地は雪に覆われている上に、これでもかとさらに降り続いています。
工場のような建物は、一番正面にある現在修復中の光礼門がすっぽり入っています。
(来年完成するそうです)

景福宮の目玉でもある王宮守門将交代儀式は、雪のために中止ガーンとなりました。
しかし、門を警備する守門将(兵隊さん)との記念撮影はOKです。
イケメンな兵隊さんのまわりでは、各国からの観光客がひっきりなしに記念撮影をしていました。



景福宮では、毎日3回ほど日本語ガイドツアーが行われています。
電話で確認したら、雪でも開催するということだったので参加しました。

担当してくれたのは、若いのに説明も、そして日本語もとても上手な女性ガイドさんでした。
ガイドツアーが始まる頃には、あれだけ降っていた雪もやんでしまいました(^^)v

この景福宮は、豊臣秀吉の時代に破壊され、さらに日本が支配していた時代に
また破壊され(一部は日本軍により移築)・・・という悲しい歴史を背負っています。

ガイドさんの「これからは仲良くしていきましょう」という言葉がイタかったです。



左は、この景福宮の中で一番中心となる建物「勤政殿」
日本の寺社にも似ていますが、屋根の反り方が独特なんだそうです。
右は、政治を行った建物や住居などたくさんの建物が立ち並ぶ「思政殿」一帯です。



一番奥にある「香遠亭」では、この雪景色を撮る写真愛好家がたくさんいました。
私は、2004年夏にも同じ場所で撮影したことがあるのを思い出し、比べてみました。

ここで約1時間のガイドツアーが終了。とってもわかりやすく、内容も濃いのでオススメです。

下記の建物一帯は、国立民族博物館。
韓国の歴史や文化に関する貴重な資料がたくさんありました。
日本と韓国の文化がつながっているというのを実感できる内容です。

屋外の石像も雪化粧をして、なかなか見ごたえがありました。



案外、雪の日は暖かく、外を歩いていても(前日のような)寒さを感じません。
この後、雪の中をてくてく肉球と向かうところは、韓国文化体験をする李家(イガ)。

キムチ漬けやチマチョゴリ衣装体験記は次回に。
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 12:24コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月09日

韓国旅行記 その2

韓国旅行記 つづきです。

 その1(セントレアからソウルへ)は こちら

東大門市場は、「市場」といっても、近代的なファッションビルが立ち並び日本でいえば、渋谷・原宿のようなところですが、一歩入れば上野のアメ横のようなところもあります。


韓国は、中国と同じでお正月が2月(旧暦)なので、街はまだクリスマスの雰囲気が残っていました。






ビル内にはお店がひしめき、若い子たちでいっぱいです(←この時点で自分がオバサンだと認識)

あまり日本人観光客と思しき人がいないビルの中で、「おねえさん、バッグあるよ・・・」と
日本語でいきなり呼び止められる私たち。
韓国人も日本人も中国人もあまり違わないのに、やはりプロは一瞬で見分けるらしいです。
顔立ちとか、バッグの持ち方とか?


外に出ると、寒い中(多分、私の推測ではマイナス5度~10度くらい)でも屋台が出ていました。
日本語や英語の表記はないので、とりあえず身振り手振りでオススメをききました。



オススメは、山積みになっているアメリカンドッグ。
アメリカンドッグのまわりに、フレンチポテトがどっさりとくっついたものです。
既に日が暮れて、かなり寒くてキツイのですが、ちょっと頑張って立ち食いしてみました。

屋台で立ち食いは、『おじさんの定番』な日本と違い、若い女性が多くてびっくりびっくり



ビルのまわりには、小さな路面店の洋服屋さんやコスメのショップ、
飲食店がぎっしりと立ち並んでいたので、こちらもチェックです。



夕食は、日本でいえば吉野家や王将のようなチェーン店へ。
寒くてこれ以上歩けないので、行き当たりばったりです汗
ガラス越しに積み上げられたせいろに釣られて・・・小籠包だと思ったのです。

実は今回の旅行は、暖かい台湾を予定していたのですが飛行機がとれずに
急遽、極寒覚悟のソウルになった経緯があったのです。

店頭で見たのは小籠包というより蒸し餃子のような感じでした。
中に海老とニラが入っていて、おいしかったです。

そして、暖まるにはこれしかないという豆腐チゲ
美味しさを感じる以上に、とにかく辛かったです炎炎炎
さらにお水を飲みすぎて、おなかがいっぱいです(爆)
友人は、ビビンバを食べていましたが、これもまた立派な辛さだったようです。


帰りの地下鉄では、切符を買うのに苦労するわ、
地下鉄の駅からホテルの道がわかんないわでちょっと珍道中。

交番のお世話になりましたおまわりさん
(パトカーで送ってくれるかと一瞬期待したんですけどねぇ 甘かったえーん
韓国語も日本語も互いに通じず、結局、超テキトーな英単語だけが頼りsos

ショッピング街をちょっと離れるとこんなもんですね。
サバイバルも旅の楽しみだったりしますが、
私サバイバルが多すぎですパンチ   (例えば台湾にて
マイナス10度は超えているのでないかと思われる夜道を20分以上歩いて帰りましたとさ肉球

そして、翌日はいよいよ大雪雪雪のソウルです。

その3へ 続きます
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:22コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月08日

韓国旅行記 その1

1月3日から3日間の韓国・ソウルへの旅行記です。

セントレアから韓国・仁川空港へ向かいます。
セントレアは、お正月ムードたっぷりなお飾りでお出迎え。
そして、この時間帯はアジアへの出発ラッシュ。国際線が華やかです。



利用したのは全日空(ちょっぴりマイルたまりますから)
飛行機は、国内線と同じくらいの小さな飛行機飛行機です。
海外旅行は、気分的にももう少し大きい飛行機で行きたいな~というのがホンネ。

機内食は巻き寿司と海老せんべい
ほんとに軽食ですが、わずか2時間でも国際線だから食事がでるのはありがたいっ。
(あっ、機内食の写真がないゾ)



空港に到着し、入国手続きの後はいよいよソウル市内へ。
空港ビルを出た瞬間、想像していたけど、やっぱり寒いうわっ

現地ガイドさんの話では、これくらいの寒さはまだいい方で、
日本でも寒かった年越しの時期には、マイナス20度くらいだったとか・・・



写真は、韓国の国会議事堂。
元日に降った雪が少し残っていました。

晴れて、ちょっと寒さが和らいで・・・やはり私は暖冬晴れ女かも太陽
(と思っているのも初日だけのことですが・・・)

まず向かったのは、ロッテの免税店。
市内一の繁華街・明洞(ミョンドン)にある大きなデパートの2フロアを占める巨大な免税店。



(何も買ってないけど)記念品にポストカードをもらいました。
前回訪れたときには、CMキャラがヨンさまでしたが、今回は東方神起とかBIG BANGとか・・・
私にはさっぱりわからない人たちばかりでした~汗


そして、ホテルへチェックインして、いよいよ行動開始。
ツアー参加といっても、往復送迎と途中のお店立ち寄り以外はすべてフリーです。

ホテルが中心地から少し離れたところにあったため、
ホテルの無料シャトルバスに乗って、東大門市場へGO車

その2へ 続きます
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:22コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月06日

ソウルは歴史的大雪だった

昨日、韓国・ソウルの3日間の旅から帰国しました。

日本のニュースでも報道されたようですが、
ソウルや北京あたりでは4日に歴史的な大雪雪雪雪に見舞われました。
ソウルの積雪は、1日で約26センチ。
私は、スキー場以外の場所で、こんな大雪は見たことがありません。

幸い、移動日ではなかったので、市内観光が大変だったというだけで
大きな問題もなく、飛行機も遅れることなく無事に帰国できました。


写真は、ソウル市内の観光名所でもある景福宮(キョンボックン)。


旅の報告は、後ほどこのブログにて・・・
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 17:02コメント(2)トラックバック(0)海外旅行

2010年01月03日

海外へ出発します

セントレアから出発です。出発のゲートはあまり混雑していません。

寒いところに行って、辛いもの食べて暖まってきま〜す。
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:49コメント(2)トラックバック(0)海外旅行

2009年06月27日

アメリカ大自然紀行3 ~グランドキャニオン

2003年の旅紀行つづきです。

    → アメリカ大自然紀行1 ~ラスベガスからグランドキャニオン
    → アメリカ大自然紀行2 ~モニュメントバレー

たった3時間くらいのあわただしいモニュメントバレー滞在から再びグランドキャニオンへ。

グランドキャニオンは夕刻。到着してすぐにサンセットツアーへ出発ですicon26

5ヶ所くらいをバスに乗って廻ります。途中通り雨のようなものもありますが、長い雨はあまり降りません。
この時、あまり夕日がきれいに撮れなかったので、2000年に訪問したときの写真になりますが、この時も稲光が走ったり、雨が降ったり・・・気温差も激しく、天気も気まぐれです。


宿泊は、グランドキャニオン国立公園内にあるマズウィック・ロッジ
ロッジというくらいなので、敷地内に宿泊棟が立ち並んでいます。

高校生の時に行った春野の「山の村」を思い出してしまいましたicon01

大きなリュックを持った全米からの若者たちも大勢いました。数日かけてコロラド川の谷底をハイキングするツアーに出かけるようです。

翌朝は、5時起床で徒歩でグランドキャニオンの日の出へ。
マズウィック・ロッジに宿泊すれば、徒歩で日の出を見に行けるのがメリットです。ツアーにしばられず自由に行動できます。

前日、ガイドさんの説明をしっかり聞いていなかったので、正確な日の出時間がわからず、すでに太陽は出ていましたicon11


それでも、前日見た景色とはまた違う、朝陽に光る岩肌を鑑賞し、清々しい空気を思いっきり吸うことができます。


野生の鹿も発見。私は気づかなかったのですが、すれ違いの外人さんたちが教えてくれました。皆さんフレンドリーです。



国立公園内のなので治安もよく、早朝ならば安心して歩くことができます。
ロッジからグランドキャニオンの日の出ポイントの間にある踏み切りです。


ちなみにここは、1日に1往復だけ走るグランドキャニオン鉄道のもの。
車社会のアメリカですが、ここは観光目的の列車が走っているそうです。
2000年の旅では、夏季のみの運行という蒸気機関車が駅に停車していました。古き良きアメリカを感じさせてくれる風景です。




グランドキャニオンには、谷底を歩くトレイルツアーをはじめ、魅力的な見所がまだまだたくさんあります。
最近では、スカイウォークといって、岩から突き出したガラス張りの歩道も話題になっています。
1000メートル以上の谷底をこの歩道から眺めるというものicon20
怖いもの見たさですが、かなり興味ありますicon34

また、この地区の周辺は、自然遺産のようなものがたくさんある地域。ツアーでこれらの観光スポットを数ヵ所めぐるものも増えてきました。

地球が何億年もかけて作ってきた大自然の中に入ると、なんだかちょっとした日々の悩みもちっぽけなことに思えて、リフレッシュできます。大自然の中への逃避行?再びチャンスを狙っている私ですicon30

旅紀行シリーズ・・・次は、日本国内の世界遺産 の予定です。  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:36コメント(2)トラックバック(0)海外旅行

2009年05月31日

アメリカ大自然紀行2 ~モニュメントバレー

2003年の旅紀行つづきです。

    → アメリカ大自然紀行1 ~ラスベガスからグランドキャニオン 

グランドキャニオンから小さなプロペラ機に乗り換え約2時間。揺れる揺れる、狭い狭い・・・おかげで酔いましたicon07
そして、やっと見えてきました。砂漠のような風景の中に小さな岩がポツリ、ポツリと。

到着したモニュメントバレーの空港は、空港と呼ぶにはあまりにも小さな・・・静岡空港より小さいです(笑)
っていうか、広場です。それも半分舗装、半分は砂漠のまま。

到着して、まずは腹ごしらえicon38 昼食はナバホ・タコス
ナンの上に私の好きなポーク・ビーンズみたいな豆料理とキャベツがたっぷりのっています。お皿いっぱいのタコスに、どうやって食べるのこれ?という状態。ナイフとフォークで格闘でしたicon20


そして、いよいよバスに乗って観光へ。バスといっても窓のないオンボロバス。なんだか50年くらい時代をさかのぼった気分icon26
気温は、ラスベガスほどではないのですが、やはり砂漠地帯。軽く30度は超えています。紫外線は超強烈icon11

ここでちょっと解説・・・
このモニュメント・バレーは、ユタ州南部からアリゾナ州北部にかけて広がり、約5000万年の風化・侵食によって形成されたといわれています。
テーブルのような形の台地(メサ)や、ビュートといわれる岩山が点在し、その景観をつくりあげています。
ここは、アメリカ・インディアン最大の部族であるナバホ族居住地域で、ナバホ族の聖地とも呼ばれています。現在では、その一部はナバホ族が管轄のもと観光地化されています。


このモニュメント・バレーが一躍有名になったのは、ジョン・フォード監督の映画「駅馬車」。その後も、多数の映画が撮影されました。近年では、「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」でも登場しました。

ジョン・フォード監督が好んでいたアングルがこのジョン・フォード・ポイントだそうです。

観光客が到着すると、撮影用のおじさん(笑)が馬に乗って登場します。
まさにアメリカの原風景びっくり
ここで、ブルーグラス生演奏なんてのがあったら完璧です♪黒

そして、私が一番感動したのがこの風景。
テレビで見たことはありましたが、ここに観光で行けるということを知ったのは、同級生からのポストカード(それもパノラマサイズ)。見た瞬間、これは絶対に行きたい!と思ったのでした。

実際に行ってみると、スケールにも圧倒されますが、なんといっても空が青いことに感動します。
(注.この写真は少し修整しています)


モニュメントバレーには、約3時間の滞在で、再びグランド・キャニオンへicon30  つづく

  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 13:36コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年05月23日

アメリカ大自然紀行1 ~ラスベガスからグランドキャニオン

かなり前ですが、2003年8月のアメリカ旅行記です。
(新型インフルエンザがアメリカから感染しているこのタイミングもなんですが・・・)

航空チケットとラスベガスのホテル4泊6日のパックツアー(現地すべて自由行動)に参加し、グランドキャニオン&モニュメントバレーへの1泊2日の旅は現地のツアー会社にあらかじめ日本から申し込んでおきました。(英語がわからなくても大丈夫)

私にとっては2001年の同時多発テロ後では初のアメリカ。
そして、この年はSARS(重症急性呼吸器症候群)が猛威を奮ったため海外旅行を控える人が多く、成田空港はお盆休みの期間だというのにすいていました。

ロス経由でラスベガスへ。
入国時のセキュリティチェックは、テロ後間もないということもありかなり厳重なものでしたicon20
当時は、フィルムカメラだったので、フィルムも1本ずつチェックされました。セキュリティチェックのおにいさんがやたらでかくて(映画にでてくるSPのような・・・)見た目が恐かったのですが、愛想だけはよかったのが不思議はてな

宿泊したホテルは、パリス
名前のとおり、パリをモチーフにしたホテルで、敷地の中にエッフェル塔あり、凱旋門あり・・・のミニワールド。
バフェ(バイキング形式)の料理が、アメリカとは思えないおいしさだという評判を聞いていましたが、まさにその通り。


街そのものは楽しいのですが、ラスベガスは砂漠の中に人工的に作った街なので、それはもう大変な暑さicon20icon20
日中の外気温は40度を超えています
外を歩くのも3分くらいが限界。
それ以上に辛いのは、建物内の冷房。いくら外が暑いからって、この冷やし方はないだろう・・・というありえない寒さ
この私ですら、アメリカに行くと小人になってしまうくらいアメリカの方々はふくよかなので、体感温度っていうのがどうやら違う様子です。この温度差でヘトヘトになりますicon20

初日は飛行機の長旅の疲れや時差ボケもあり早めの就寝したものの、目覚めたのは夜中の1時。完全ボケボケです(>_<)
このまま寝ると、翌朝の集合が早いので危険注意
時間はたっぷりあるので、深夜のラスベガス見物へGOicon34
24時間眠らない街というのは言ったもので、カジノはどこのホテル内にもあるし、スタバもあるし、趣向の違うホテル見物だけでも楽しめます。(治安がよかったので、ホテル周辺なら外出もできました)


そして、早朝4時半にグランドキャニオン&モニュメントバレーツアー(シーニック社)の送迎車がやってきました。
車で20分ほどの小型機専用の空港から、19人乗りの小型機で出発icon30
ラスベガス上空は、本当に砂漠だということがわかる景色です。

しばらくすると、私の大好きなダムが眼下に登場!
これだけでもかなりハイテンションicon24になります。
ダムは、重力式アーチダムといいますが・・・このままダム講座になりそうなんでこの辺で(爆)
空から見ると大したことない大きさですが、このダム、なんと日本の全てのダムの貯水量合計をはるかにしのぐという規模。アメリカではなんでもケタ外れにデカいのです。

そして、約1時間半でグランドキャニオン空港に到着
バスに乗り換えて、ブライトエンジェル、ヤバパイポイントといったメインスポットを巡ります。

その風景は、目の前に広がった瞬間「すご~い」以外に言葉が見つからず、しばし呆然icon08


グランドキャニオンは、コロラド川に侵食された峡谷。その侵食は4000万年前からはじまったとも言われ、地球の歴史とその規模の大きさを目の当たりにすることができます。距離は400キロ以上、渓谷の幅は最大30キロとも・・・このスケール日本ではお目にかかれるものではありません。
一度見ると人生観が変わるとでもいうのか、私はその魅力にはまり、この旅が二度目になりました。


上部から見下ろす景色もすばらしいのですが、「下る山登り」とも言われるトレイルツアーがあります。これは、約1500メートル下のコロラド川の谷底へ向かいます。当然帰りが大変。ロバに乗るツアーもあるそうです・・・英語がペラペラならばいつか行って見たいのですが・・・(まあ、ロバが英語しゃべるわけじゃないから、関係ないかもしれませんが)




グランドキャニオンには、1時間ちょっとの滞在。
ツアーは、夕方再びグランドキャニオンに戻ってくるのですicon26
そして、次は映画にもよく登場するアメリカの原風景のようなモニュメントバレーへ

つづく右

  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 09:33コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年04月03日

カナダオーロラ紀行 その3

オーロラ紀行続きます。

その2を「つづく」にした以上、これを完結しないと冬のネタが終わりませんので・・・桜ネタやってる場合じゃないですねicon20

  カナダオーロラ紀行 その1 はこちら
  カナダオーロラ紀行 その2 はこちら
  
今日はカメラのお話を。
もちろん見にいくだけでも価値のあるものですが、撮影するというのも一つの思い出になると思います。

★オーロラを撮影するには・・・

当時(2001年)はまだデジタル一眼レフなんていうものは、職人カメラマンか、カメラマニアしか買えない高価なものでしたので、私はフィルムカメラでした。
今でこそ、その場で撮影した画像を確認するのが当たり前ですが、当時はできなかったんですから・・・

オーロラが動き出したら、シャッター(リモコン)を押します。押し続けることで光が入り続けます。15~30秒くらいがいいという説明もありますが、オーロラの明るさとレンズの性能(絞り)にもよります。私は30秒から45秒くらいをテキトーに頭の中で数えていました(笑) ちょっと長すぎたような感じもしますが・・・
デジタルで撮影する場合でもいろいろと条件を変えて、確認してみるとよいと思います。

といっても、ド素人の私の体験ですので、本格的に撮りたいという方は、「オーロラ撮影」などのキーワードで検索してみてください。けっこう詳しい説明をしているサイトがたくさんあります。
下記に必要な道具をご紹介します。

◆カメラ
Canon EOS Kiss(入門モデル)でした。レンズは??普通のキットでついていたものだったと思います。より広角のレンズがあればいいのですが、標準品でもOKです。

そして、オーロラ撮影のマナーとしてフラッシュ撮影は禁止です。(場所によってはOK、また周囲の人に確認することでOKの場合もあります) ですので、シャッターを15秒以上開放できるものが必要になります。
コンパクトカメラでも性能がよくなっているので、このような機能がついたものがあるそうです。

◆三脚
長時間シャッターを開けますので手ぶれするため、手持ちの撮影は不可能です。
私のは、安物の三脚だったので安定が悪く、カメラが斜めになったりしてました(笑) 重くてもそれなりの三脚を用意しましょうね。

◆レリーズ(または電子シャッター)
カメラのシャッターを押した瞬間の手ぶれを防ぐためには、電子シャッターをおすすめします。これは優れものでしたが、オーロラ以降活躍する場がありませんicon07

◆予備のバッテリー
話には聞いていましたが、実際に10~20分でバッテリー残量の目盛りが一気に減るのには驚きました。
低温状態ではバッテリーが持ちません。しかし、懐に入れておいたり、屋内においておけば30分くらいで復活しますicon26
予備を2セットくらい用意します。

◆ビニール袋、輪ゴム
屋外と屋内は気温差40度以上。冬に窓ガラスが曇るあの現象と同じことがカメラにも起きます。
屋内へ入る前に、レンズにビニール袋をかぶせて輪ゴムなどで止めておきます。そして、また外に出るときには、外にカメラを出してからその袋をはずすのです。
かなり面倒ですが、ずっと外で構えているのは不可能なので、マメにやるしかありませんicon20

◆防寒対策
カメラにばかり気をとられていると、人間が凍りますicon14
手元操作がやりにくいですが、薄手の手袋は必需品(カメラ撮影しなければ、二重で防寒します)。
耳あて、バンダナ(口元)、マフラーなど、外気に触れそうなところはとにかく完全包囲しましょう。

帰りの空港では、マイナス30度の吹雪の中、ボーディングゲートもなく、ターミナルビルからタラップまで猛ダッシュicon26
吹雪いているので体感温度はさらに低く、マイナス40度くらいだとガイドさんに聞きました。



すっかり春めいた季節に、真冬icon14の話題・・・でした。(完)

これで、春のネタを思いっきり書けるぞ~icon32
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 23:00コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年03月27日

カナダオーロラ紀行 その2

2001年3月のオーロラ鑑賞ツアーのつづきです。 カナダオーロラ紀行 その1 はこちら


オーロラ鑑賞ツアーは、夜に行動するツアーですが、一応昼間もスケジュールが組まれています。
到着日はそのままオーロラ鑑賞ツアーに出かけ、ホテルに戻ったのが午前3時過ぎでしたので、翌日は、昼頃に起きだして市内観光でした。
市内といっても、本当に小さな町なのであっという間です。
犬ぞりの飼育場や、冬は凍って道路ができる湖(グレートスリーブ湖)のほとりに行き、歩いてみました。
アメリカンな雰囲気漂うスクールバスが私達の足です。オーロラ鑑賞への送迎もこのバスでした。





2日目の夜のオーロラは、その1にも掲載しましたが、他にもこんなのが撮れました。

写真では随分明るく見えますが、ド近眼の私にはこんなに明るい色には見えませんでした。
当時はフィルムカメラでしたので、その場で確認することができず、帰国してからドキドキicon20の現像でした。
今ならば、すぐにその場で確認するので失敗も少ないと思います。

この時の撮影場所には木々が多かったのですが、最近のツアーの様子などをパンフレットなどで見ると障害物の少ない湖上や丘の上での鑑賞もあるそうです。

ところで、オーロラ鑑賞ツアーといえば、やはり寒さとの戦いになります。

★防寒対策は・・・
昼間でもイエローナイフの町はマイナス10度以下です。当然、夜のオーロラ鑑賞ではもっと寒くなり、3月でもマイナス20度台になります。
バナナで釘が打てるというのはこれくらい? 実際に熱いコーヒーを大気にばらまくと、一気に気体になって蒸発していきましたicon15

ツアーで防寒着を貸してくれるのですが、みんなお揃いの赤いつなぎと聞いていたので、ちょっとそれは・・・と私はスキーウェアで参加しました。しっかり着込めばスキーウェアで十分です(スノボの薄手のものはNGです)。
あとは、当然のように手袋、マフラー、耳あてなどが必需品です。寒がりな私の友人は、体中10箇所以上にホッカイロを貼り付けていました(笑)
また、乾燥は日本の冬以上です。乾燥のせいで、気温ほど寒さは感じませんが、お肌には大敵sos 道中の機内も乾燥しますので、女性に限らず保湿グッズやのど飴などもお忘れなく。

晴天率(オーロラの発生頻度が高くなる)から考えるとこの時期がベストだとは思いますが、どうしても寒さがダメだけどオーロラが見たいという方には、9月くらいの「夏のオーロラツアー」というのもあるそうなので、検討してみてはいかがでしょう?


そして、オーロラ鑑賞の際は屋外と屋内の温度差が40度くらいあります。私は、マイナスの屋外から、屋内に入った瞬間に鼻水が止まらなくなりました。人生今まで花粉症になったことのない私が、この数日間だけピーク時の花粉症のようになりました。ホテルからティッシュを箱ごと持参して使い果たしてしまったくらいです(泣) 後で知ったのですが、温度差アレルギーというのがあるそうですので、心当たりのある方はご注意ください。
この旅で一番苦労したのが、寒さよりもまさかの鼻水icon21でした。その後、花粉症ピークの日本に帰国して、ピタリと止まったのは言うまでもありません。

オーロラ鑑賞は、未知の自然現象を見られる大きな喜びがある反面、人間の体も日常生活では出ない症状が出るかもしれません。高地ではないので、高山病のような心配はありませんが、とにかく温度に対する環境変化にはご注意ください。

次回は、カメラ歴ほとんどなしの素人がどうやって写真を撮ったかをご紹介します。  つづく

  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 12:01コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年03月21日

カナダオーロラ紀行 その1

2001年3月、ちょうど今の季節行ったオーロラの旅の報告です。
今まで行った海外旅行の中でも、やはりこの光景は強烈なインパクトがありました。

行き先は、カナダのイエローナイフ
成田→バンクーバー→エドモントン→イエローナイフという長距離飛行でした。
マイルたまりますよ~(笑)



イエローナイフは、人口16000人の小さな町ですが、オーロラ観測率がかなり高いことで知られ、世界から観光客や写真家が集まります。
この年の前後3年間くらいが、オーロラの当たり年だということをテレビか新聞で知り、行くことを決めました。
天体のことはよくわかりませんが、太陽の黒点活動とオーロラの出現が密接に関連していて、この周期は11年です。
そろそろ次の周期がやってくるそうですicon11


オーロラツアーでの観測のチャンスは3回。
1日目は、1時間ほどの観測でオーロラは見られず、帰りのバスが走り出したところで出現。無情にもバスは止まってくれず撮影ができませんでした。

そして、2日目に待望のオーロラと遭遇右

イメージしていたオーロラとは違い、流星群のような姿でした。
現れた瞬間は、なんとかカメラにおさめようと必死に撮影していたので、感動の余裕がありませんでしたicon20


観測は、町の人工的な明かりがあるときれいに撮影できないので、バスで1時間ほど走った湖畔でした。
真っ暗な状態で歩いたので、どのような場所だったかはあまり覚えていませんが、キャンプ場のログハウスのようなところで待機しました。
外はマイナス20度以下ですので、ずっと外でオーロラを待つことはできません。暖をとりながらログハウスを出入りするうちに誰かの出たぞ~という声とともに、ゾロゾロと移動します。

オーロラは、突然現れて、生き物のように夜空をうねりながら、数分後には消えていきます。
当然現れるたびに形も違います。
いつ現れるかわからないドキドキ感、現れた時の感動、そして撮影する時の緊迫感・・・この組み合わせは言葉だけで表わすには難しいです。

まさにオーロラこそが百聞は一見にしかず です。

このブログを読んで興味を持っていただいた方には、ぜひ一度は見ていただきたいと思いますが、
何せ極寒の地ですのでいろいろと苦労もありました。

そのお話は、また次の機会にしたいと思います。 つづく・・・icon15


  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 18:05コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年03月16日

アメリカ紀行 その3 ~NYセントラルパーク周辺~

2006年夏、NYの旅続きます。


NY市民になりきるには、ここしかない?ということで朝8時頃からセントラルパークへ。
時差ボケボケがかなりひどいので、朝は普段弱い私でも、早朝からの行動も平気です。
(その分、夕方5時頃に眠気が襲ってきましたが)

友人のリクエストで、まずはこちらから。
セントラルパーク内にある
ストロベリーフィールズ
1980年12月8日にジョン・レノンがセントラルパークすぐそばの自宅、ダコタハウスの前で凶弾に倒れました。ジョン・レノンを偲んで夫人のオノ・ヨーコが公園内に設置したメモリアルスペースです。タイルには、IMAGINEという文字が刻まれ、今でもボランティアの方をはじめ、多くの方々が花を添えていきます。



土曜日の朝でしたので、休日の市民が朝からジョギングやサイクリングをしています。噴水で犬を水浴びさせている人、ベンチでボーっとしている人など思い思いの休日の朝です。なぜか朝っぱらから正装して馬車に乗っている人たちは何だったんでしょうicon08

公園内を横切るとメトロポリタン美術館にたどりつきます。
世界4大美術館に数えられるこの美術館。美術館というより世界各国なんでもありの美術博物館です。
とにかく広い!まじめに見たら1週間くらいは必要です。入館料は大人15ドルですが、広さの割には安いですね。
不定期で、ボランティアによる日本語ガイドツアーというのもあるそうですが、当日は残念ながらそのツアーがありませんでした。


とりあえず、古代エジプトなどから見て行きますが、迷路のようになっているので、どこを見たかだんだんわからなくなってきます。頭も体もかなり疲れます。


ピカソやモネなどの超有名絵画も、壁にかけたカレンダーのような状態でゴロゴロしています(笑) おまけに写真は撮り放題。なんだかありがたみが薄くなってしまいますicon20

マップには、楽器(インストルメンタル)というコーナーがあったので、かなり期待していたのですが、年中入れ替えをしている巨大美術館のため、このエリアは当時閉鎖中ということでした。残念icon21

個人的に面白かったのは、よろい・かぶとが集中するコーナー。西洋のものから日本の鎧まで何でもありです。
ヘトヘトになりながらも、面白いものを見つけては写真を撮りまくりですicon20
結局、美術館で5時間も過ごしてしまいました。疲れるわけだicon34

ニューヨークは、ショッピング、芸術、演劇、スポーツ、経済など何をとっても世界の中心であることを感じさせてくれる街です。
本来私は、大自然を体感する方が好きなのですが、雑踏の中でもなぜかこの街だけはリフレッシュできる不思議な魅力があります。
また景気がよくなり、元気なNYが戻ってきたら行きたいと思っています。完

勝手な次回予告・・・「カナダオーロラ紀行」 ただいま写真を準備中!  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 15:26コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年03月08日

アメリカ紀行 その2 ~NYマンハッタンとグラウンドゼロ~

2006年8月のNY旅行では、ヤンキースタジアム以外にも見ておきたいものがありました。

グラウンド・ゼロ
世界貿易センターのツインタワーが、2001年9月に起こった同時多発テロで崩壊した現場です。
誰もが映画を見ているのではないかと錯覚したあの事件です。
私は、テレビであの映像を見てもしばらく状況が把握できず、把握ができた後はしばらく眠れなかったことを覚えていますsos

はじめてNYを訪れたのが1999年でしたが、その時にこの地を訪れ、まさか2年後にこんなことが起こるとは想像できるはずがありません。
そんなこともあり、このグラウンドゼロが再開発されビルが建つ前に目にとめておきたかったのです。

既に再開発ははじまっていて、普通の工事現場と変わらない様相ですが、周辺にはテロで被害にあわれた方々の名前が書かれたパネル、当日の記録がパネルで展示されています。


パネルを見ていると、本当にあんな悲惨な事故がこの現場で起こったということがわずかですが伝わってきます。
この地には、フリーダムタワーと呼ばれる再開発ビルが建設されることになり、既にこの2006年に着工式が行われています。
昨今の金融危機などで、多少完成が遅れるというウワサですが、このエリアが平和のシンボルになることを願わずにいられません。


マンハッタンの最南端から中心地に戻ると、NYの中心は活気にあふれています。

宿泊したホテルの前は、マディソン・スクエア・ガーデン。世界でもっとも有名なスポーツアリーナ&コンサート会場といわれています。屋根の上の大きなバスケットボールは試合のある日だけ出ているようで、この写真を撮った翌日以降はどこかに消えてしまいました。いったいどうやって外したんだろうはてな


また、近くには庶民デパート Macy's(メーシーズ)があり、ちょこちょこと出かけていました。
日本の大型スーパーのようなごちゃごちゃとした品ぞろえのフロアもありました。デパートのロゴが入ったグッズ売り場はにぎわっていて、おみやげにも最適です。
通りを歩いていても、高級ブティックの立ち並ぶ5番街とは違う、ちょっと手の届きそうな都会の喧騒があります。

ここから見える夕暮れのエンパイア・ステートビルはなかなかきれいでしたicon22


その3につづくicon15

  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 11:58コメント(0)トラックバック(0)海外旅行

2009年02月26日

アメリカ紀行 その1 ~ヤンキースタジアム~

2006年8月にニューヨークとボストン4泊6日に行ったときのお話。

最近ちょっと元気のないヤンキースの松井ですが、当時は大活躍していて、NY訪問記念にしようとミーハー根性丸出しでチケットをゲットしました。実際に行ってみれば当日券でも買えましたが、あらかじめインターネット経由で手配をしてくれる業者にお願いしました。定価の5倍くらいしましたが・・・

しかし、購入して2週間ほどした時、松井が手首を骨折するというハプニングが起こったのでしたicon20
そして、当時は知らなかったのですが、ヤンキースタジアムのこの建物も2年後には幕を閉じることになります。


この日の対戦相手は、アナハイム・エンジェルス。
球場は6万人超の収容力で、指定された客席はバッターボックスのはるか真上。ほとんど垂直状態のような客席です。階段一つ踏み外したらまっさかさまicon25という形状です。
肉眼ではほとんどマメ粒ですが、カメラの望遠レンズが望遠鏡の代わりになって大活躍でした~


ジータやロドリゲス、ランディ・ジョンソンなど、野球好きなら一度は見たいという超一流プレーヤーがてんこ盛りのスタメンだったのですが、私のような人間には、ブタに真珠、いやブタに大リーグってなわけでどれほどのものかわかりません。選手が打席に入るたびにテーマ曲が流れ、手拍子や掛け声が入るので、隣の人を見ながらとりあえず真似してみます。
しかし、試合開始直後に大リーグ観戦お約束のホットドッグとビールでお腹いっぱいになってしまったため、眠いicon04

うとうとしてしまった試合中盤にグラウンド整備が入り、YMCA(西城秀樹が歌ってたあれ、です・・・懐かしい~)の曲に乗って、整備の人たちがパフォーマンスをします。これがなかなか楽しくて、何十年かぶりに振りつきで踊りましたicon02。野球がわかんない私は、これが一番楽しくノレたかもicon02


この日は、ランディ・ジョンソンが4500奪三振という記録を樹立しました。後で知りましたが、この方もアラフォー世代ですが随分がんばっていますね。
最終的には、(得点は忘れてしまいましたが)ヤンキースの勝利だったので帰りは平和でした。もし負けたりしたら、駅周辺で暴れてる人がいたらどうしよ~と少々不安だったのですが・・・ 
球場周辺は(試合の前後は)比較的治安はいいので、マンハッタンから地下鉄で往復可能です。もちろん、日本人向けの観戦ツアーもあるので、交通や治安に不安という方は利用してみるとよいと思います。

その2(予定は未定)につづく・・・
  

投稿者: ももよろず店長 ◆ 23:45コメント(2)トラックバック(0)海外旅行